U18国際大会-4

3の続きです。各大会の詳細は弘田氏作のU18国際大会参考資料(PDFファイル)
にあります。

U18国際大会参考資料PDFファイル

1999年 第18回AAA世界野球選手権大会

日本は1982年の第2回大会以降長らくAAA世界野球選手権大会には参加して
きませんでしたが、99年の第18回大会で17年ぶりの復活参加を果たしました。
台湾で開催された大会は8月6日から17日まで高雄県高雄市立徳球場などで
行われました。夏の甲子園期間中ということもあり日本代表はアジア選手権大会の
ように全日本メンバーで臨むことはなく、沖縄県高校選抜チームが日本代表として
派遣されました。メンバーは夏の甲子園出場の沖縄尚学の選手を除く沖縄県の高校
の18人です。

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派遣監督、コーチ、選手

監督

神谷健 興南高校監督

コーチ

盛根一美 浦添商監督
嘉陽宗雄 普天間監督

投手

中本斉 那覇商
松谷秀幸 興南
松堂亮 普天間
島袋光次 北中城
比嘉幹貴 コザ
大城勝史 南部工
小浜拓朗 浦添商

捕手

高良信哉 那覇商
仲尾次誠 宜野座
森根達輝 読谷

内野手

石川清武 本部
吉永哲史 那覇商
長浜多市 読谷
松原邦紀 那覇商
佐渡山賢 沖縄水産

外野手

渡嘉敷司 那覇商
下地健太 浦添商
崎田祥平 糸満

大会は12チームが参加。予選A組キューバ、台湾、韓国、ベネズエラ、南アフ
リカ、オランダ、予選B組パナマ、アメリカ、日本、オーストラリア、チェコ、
グアムでリーグ戦が行われ、日本は予選3勝2敗でB組3位となりました。
リーグ3位の日本は当初決勝トーナメント進出の予定でしたが、雨の影響で
決勝トーナメントはリーグ上位2位チームで行うことになったため、
5位決定戦に回り韓国と引き分け、大会順位は5位になりました。

▽5位決定戦
日本000 000 0=0
韓国000 000 0=0
(7回降雨引き分け)
【日】中本―高良
【韓】李、馬、趙―金

2001年 第4回AAAアジア野球選手権大会

前回の圧倒的な強さを発揮しての優勝から3年、第4回AAAアジア野球選手権
大会は2001年の8月30日から9月4日にかけて台湾・天母球場などで
行なわれました。日本、台湾、オーストラリア、韓国、タイ、フィリピン、
インドネシア、インドの計8チームが参加。日本代表選手はこの年の夏の甲子園
で3試合連続ホームランを放った日大三の原島正光外野手、のちプロ入りする
智弁学園の秦裕二投手、浦和学院の大竹寛投手など。また同年夏の甲子園で当時
最速となる甲子園球速154キロをマークした日南学園の寺原隼人投手は故障の
ため代表入りを辞退しています。

派遣監督、コーチ、選手

監督

高嶋仁 智弁和歌山監督

コーチ

佐々木啓司 駒大岩見沢監督
橋野純 前観音寺中央監督

投手

村上尚史 常総学院
畠山太 横浜
松崎伸吾 光星学院
秦裕二 智弁学園
佐々木康太 習志野
真田裕貴 姫路工
大竹寛 浦和学院

捕手

石丸大志 松山商
山城尚悟 宜野座
上田祐介 常総学院

内野手

松浦大輔 明徳義塾
都築克幸 日大三
小林一也 常総学院
弓達央和 松山商
森岡良介 明徳義塾

外野手

内田和也 日大三
原島正光 日大三
井手正太郎 日南学園

予選A組は日本、台湾、オーストラリア、韓国、予選B組はタイ、フィリピン、
インドネシア、インドでリーグ戦が行われました。日本は3連勝で1位で
決勝トーナメント進出。準決勝で韓国を破り決勝進出を果たすも決勝で台湾
に敗れ惜しくも2位となりました。

▽決勝トーナメント準決勝
韓国000 000 103=4
日本000 100 40X=5
【韓】金鎮犹、朴熙洙、宋恩範、禹奎珉―李京換
【日】真田、秦、畠山、佐々木―上田

▽決勝トーナメント優勝決定戦
日本000 000 000=0
台湾100 100 00X=2
【日】大竹―石丸
【台】李振男―陳昭穎

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